出来るだけ血を流さないようにと気を付けながらウルゴラーは戻り道を歩いた。左足にハンベエの手裏剣を喰らった事も有り、その足取りは鈍く簡単には館に辿り着けなかった。
それでもどうにか館の前までやって来た。ふーっとウルゴラーは一旦安堵の吐息をつき掛けたが、びくっと背後を振り返った。
タタタタっと小道を駆けてくる足音がする。この場合やって来る者は一人しか思い付かない。ウルゴラーの表情が苦いものに変わった。
果たして、現れたのはハンベエであった。『ヨシミツ』は腰に収まっていた。まだ濡れ鼠のままで、髪から雫が落ちている。
対するウルゴラーは右手の剣を構えはしたが、左足の太股の辺りは着ている物が血で染まっているし、左手は布で首筋を押さえたまま離せない。首筋の布も左上半身も朱に染まっている。
「さて、勝負はまだ終わっていない・・・・・・で、良いよな。」
とハンベエはウルゴラーに声を掛けた。ハンベエも中々悪どい。既に二カ所に傷を受け、戦えば再び首から血を吹くであろうウルゴラーに対して、非情酷烈な言葉である。ハンベエの方はズブ濡れではあるが、何処かに手傷を負っている様子は微塵も無い。
ウルゴラーは無言でハンベエを睨んだ。ハンベエとの間合いは十二歩である。左手の布を首筋から外し地に落としてから、剣の柄を両手で握った。首筋の血は固まったのか辛うじて止まっている。しかし、動けばすぐに傷口が開き再び血を吹くであろう。
一撃ただ一撃、とウルゴラーは思い定めたのであろう。剣尖を右斜め上背後にして、半歩前に出た。
覚悟を決めた様子のウルゴラーを見て、ハンベエは素早く『ヨシミツ』を抜いて毎度の右斜め下段に構えを取った。ウルゴラーは更に距離を詰めて来る。
その時、ハンベエの眼にウルゴラーの背後の石造りの館の切り窓に姿を現したソンレーロの姿が眼に入った。
ソンレーロはウルゴラーの姿を一目見るなり、驚愕して切り窓から姿を消した。が、すぐに小型の弩を手にして再び切り窓に姿を現した。
「手出しは無用だ。」
ウルゴラーは振り返る事無く言い放った。気配から背後で何が起きているのか感知したようだ。
「し、しかし。」
とソンレーロは口籠もるように言った。
「手を出せば、ハンベエの手裏剣が容赦なく襲うだろう。主に躱せるようなものではない。」
ウルゴラーは冷静に忠告した。勝負の邪魔を嫌ったのではなく、手裏剣の名手と見て取ったハンベエに無謀な攻撃を仕掛けようとするソンレーロの身を案じての言葉であったようだ。 ハンベエは二人のやり取りを見ながら、少々やりにくい気持が湧き始めていた。ウルゴラーは強敵である。相手の頸動脈を斬って優位に立っているこの場で始末しておかねば、傷を癒やした後に倒されるのはハンベエなのかも知れないのである。そうして、自分が手傷を負わずに倒すには敵の一撃を誘って再び首筋の傷口を開かせるのが一番有効な手段なのであるが、かなり悪どいやり方だ。
(迷うまい。所詮殺し合い。阿修羅道だ。惑いは自滅の道。)
きっとハンベエは奥歯を噛み締めた。
「ウルゴラー、悪いがそっちのやり取りは俺の知った事じゃない。容赦なく、あの世に送らせてもらうぜ。」
そう言うと、全身から殺気を放った。
ウルゴラーの肌にざわっと粟が生じる。
(来る。)
とウルゴラーは相撃の覚悟で身構えた。
トントントンッとハンベエは身を弾ませるようにして間合いを縮めると、やにわに左手片手突きを繰り出した。ハンベエの左腕と一体となった『ヨシミツ』が蛇のようにうねり、切っ先がウルゴラーの喉首へ伸びて行く。