コンコンと離れの木戸が叩かれると同時、ガラッと牙蔵が戸を開ける。
「…っ」
びっくりした様子の人から、牙蔵は何かを受け取っているようだ。
「信継様からのおことづけです」
「ありがと」
「はっ…失礼いたします」
それから牙蔵は風呂敷包みを持っ期貨指數てまた詩の元にスタスタと上がってくる。
「…」
きょとんとする詩の前に、牙蔵は風呂敷包みを置く。
「信継が言ってた料理が届いた」
詩はパッと表情を緩める。
「…ありがとうございます。
お腹…すいていました」
「…うん」
詩は今度は慎重にゆっくり立ち上がる。
「…」
黙って見ている牙蔵に、笑いかけた。
「牙蔵さんも、一緒に食べましょう!」
「…」
それから詩は無言の牙蔵の横を通り過ぎると、土間に降りて湯を沸かす。
お茶を淹れ、取り皿と箸を用意し、牙蔵と向かい合うように座る。
「…」
無言だけれどそのまま帰らず座っている牙蔵に詩は何だか嬉しくなった。
風呂敷包みを開け、重箱の蓋を開けていく。
「わあ…
栗金団に…昆布巻き…鰊、でしょうか…
干し柿もあります」
3段もある豪華な正月料理。
高島が大国であるのがよくわかる中身だった。
三鷹は小国だったが、高島の領地には海もある。
別に笹の葉で包んである包みはまだ温かくてーー詩がゆっくり開けると、その中身は詩の大好物の焼き餅だった。
詩が焼き餅が好きだと知っている信継の配慮。
詩の頭に信継の笑顔がまた浮かぶ。
「…っ」
途端、きゅるるっと小さな悲鳴みたいな音が聞こえた。
「…」
牙蔵が詩をじっと見つめている。
詩はカアッと真っ赤になった。
「…すみません」
お腹が鳴って恥ずかしくて、消え入りそうな声で詩がぼそりと言うと、牙蔵がぷっと笑った。
「…食べろ」
「…はい」
詩は牙蔵に頭を下げると、手を合わせる。
手を合わせて目を閉じる詩を、牙蔵はじっと見つめていた。
「…」
「いただきます…牙蔵さんも」
「うん」
それからーー2人はゆっくりと正月料理を食べた。
特に話もしなかったが、詩は牙蔵が一緒に食べてくれるのが純粋に嬉しく、ニコニコ笑って食べたのだった。
「…少し休憩なさってください」
弥五郎が、次々に訪れる訪問客を捌き、殿の信八と信継に頭を下げる。
「そうだな。朝からぶっ続けで少々疲れたわ。
皆も休め。
…休憩にしよう」
殿の信八は信継に笑いかける。
信継は頭を下げる。
城の女中たちが熱い茶を運んでくる。
その女中の一挙手一投足を信八は舐めるように見つめていた。
高島の大広間には、上座に殿の信八。
傍らに嫡男の信継。
元服を済ませた年長の兄弟たちと重臣たちは、両脇にずらりと座っていた。
珍しい献上品や貢物が所せましと並べられ、置く場所もなく次の間にせっせと運び出されている。
茶を口に含む信継に、信八はニヤリと笑って話しかけた。
「3日間も続くとは…恒例行事とはいえ疲れるな」
「は。…これも高島の大切な仕事と心得ます」
信継は頭を下げる。
信継が小さい頃。国が大きくなる前はーーこんなに盛大ではなかった。
高島の国にともについてきてくれる、または高島が制圧した国々がそれだけ増えているということだ。
「それはそうと、寵姫とは睦まじくやっておるか」
「…っ」
その途端、信継がカッと目元を染める。
「…ふ…初心なことよ」
「…寵姫とは、ーー心から愛し合っております」
「そうか」
殿の信八はそれは嬉しそうに笑った。
「お前もやっと女子の良さがわかったか」
「…はい。
本当に大事な…得難い女子です」
「ふははは…」
信八は面白そうに信継を見つめる。
「全く…今までどの縁談も断りおって」
「…父上。
某は今生ただ一人の女子を愛して生きていきたいと思っております。
今後も縁談は断ります」
「…ふ…まあよい。
弟たちも適齢期だ…幸いワシの子はたくさんおるからな。