そっと大部屋の戸を開けば、平隊士が雑魚寝をしていた。踏まないように忍び込むと、目当ての男の枕元へとしゃがむ。そして肩をそっと揺すった。
「──ん、何だよ……。桜司郎……」
「……八十八君。少し話しがあるの」
声を潜めて言えば、https://www.liveinternet.ru/users/freelance12/post502271871// https://www.bloglovin.com/@freelancer10/12246860 https://lefuz.pixnet.net/blog/post/121206175 山野は寝ぼけ眼を擦りながらゆっくりと起き上がる。存外に寝起きが良いのか、三回ほど目をぱちぱちさせれば、しっかり目蓋が開いた。
廊下へ連れ出すなり、肩を抱いて震えている。
「おお、寒……ッ。んで、どうしたんだ……こんな夜更けに」
「……此処じゃ話せないから、私の部屋へ来てくれる?」
只事ではないと思ったのか、山野は肌蹴た寝巻きの袷を閉じると、大人しく桜司郎の後に続いて歩いた。
部屋の中は、真ん中に置かれた小さな火鉢のお陰かほんのりと暖かい。
彼はそれに飛びつくように座ると、鼻を啜りながら桜司郎を見上げた。
「い……、生き返ったぜ……。で、話って?」
「いきなり起こしてごめんね。八十八君にしか話せないことがあって……」
そのように切り出せば、たちまち山野は真剣な顔付きになる。
それを見た桜司郎は榎本の名は伏せたまま、一部始終を話した。
「──つまり。このまま甲府へ出立すれば、俺たちはただの捨て駒にされるってことか」
「憶測の範疇は越えないのだけど……私はそう思っているの。だから、どうしても籠城を避けなければいけない」
薄暗い部屋の中のため、山野の表情はいまいち見えにくい。だが、小さく息を呑んだことは分かった。
「……一体何だって、局長と副長はそれを良しとしたんだろうな。伏見の二の舞になるだけじゃないか。これではまるで……」
その言葉にドキリとする。やはり誰が聞いても同じことを思うものなのだろうか。
この反応ならいける、と桜司郎は口を開いた。
「……お願い、八十八君。私の策に協力してくれないかな。何かあった時の責任は取るから……」
懇願するようなか細い声が室内に響く。
「──良いぜ、乗った。俺は桜司郎の友だからな、お願いなんかされなくったってやるよ。バレて腹を切れって言われたら一緒に死のうぜ」
全く迷うことなく、さっぱりと山野は言った。そのの厚さに、先程我慢した涙が出そうになったが、何とか堪える。
「あ、有難う。有難う……!」
「やめろよ、照れ臭い。礼は成功してから言ってくれよな。で、俺は何をすれば良いんだ?」
「ええと────」
必死に考えた策を耳打ちすれば、山野は大きく頷いた。 三月一日、新撰組改め甲陽鎮撫隊は慣れたばかりの屯所を離れた。
負傷している近藤は、小身の大名が使うような法仙寺駕籠へ乗り込み、土方は黒毛の美しい馬に乗った。また、出陣に伴い、二人はそれぞれと名乗った。近藤と土方では名が知れているため、あくまでも新撰組とは別だとしたいのだろう。
その煌びやかな行軍を見た町人の誰かが、「景気が良くて縁起物だ」「粋だ」と誉めそやす。
列の一番後ろに位置する沖田の乗る駕籠の近くを歩く桜司郎は、硬い表情だった。
その時、悪戯な風が吹き、それに乗って「兄さん」と聞こえる。
それに釣られるように顔を上げれば、道の端に列を成して群がる町人に紛れるようにして、の姿があった。
今日のことを榎本から聞いたのだろう。切なげに瞳を潤ませ、胸の前で固く手を握っていた。
祈るような姿を見るなり、つきんと腹の奥が痛む。